たかがあいさつ、されどあいさつ
「おはようございます」「失礼いたします」 私たちは毎日、何気なくあいさつを交わしています。
子供の頃から教わる基本的なマナーであり、誰にでもできる簡単な行為のようにも思えます。しかし、「相手の心にしっかりと届くあいさつ」ができているか? と問われると、自信を持って首を縦に振れる人は少ないのではないでしょうか。
先日、当社の営業部があいさつに関する外部研修を受けました。 たった一言のあいさつに対し、徹底的な指導が入ります。正しい姿勢は保てているか、お辞儀の角度は美しいか、声のトーンや大きさは適切か。そして何より、相手の目をしっかりと見て、心からの笑顔を向けられているか。

研修を終えた営業スタッフが「一生分のあいさつをした気分です。これほど難しいとは……」とこぼすほど、それは真剣な時間でした。書き出してみれば当たり前のことばかりですが、いざ行動として完璧にこなそうとすると、その奥深さに気づかされます。
そんなスタッフたちの姿を見て、私はふと、ある懐かしい記憶を思い出しました。 私がまだ若く、先代である父の後ろについて現場を回っていた頃の話です。
ある家の建て替え工事で、玄関の貼石(はりいし)工事を請け負った時のことでした。 家づくりの工程において、私たち石材店の出番は仕上げの段階、つまり工事の終盤にあたります。
現場は完成に向けてラストスパートがかかっており、大工さんをはじめ、左官屋さん、ガラス屋さん、建具屋さんなど、数えきれないほどの職人が出入りし、慌ただしい空気に包まれていました。
多くの業者が作業の手を止めず、現場監督にだけ軽く会釈をして通り過ぎていく中、先代は違いました。 現場に入ると、現場監督はもちろん、そこで働くすべての職人さん一人ひとりに対し、分け隔てなく大きな声であいさつをして回ったのです。相手が元請けであろうと下請けであろうと、ベテランの親方であろうと若い見習いの方であろうと、関係ありません。

「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」
先代の声が響くと、それまでピリピリしていた現場の空気が、ふっと和らぐのを感じました。 当時の私は、ただその背中を見ているだけでしたが、今になってその意味がよく分かります。
あいさつをされて不快になる人はいません。むしろ、自分を認識し、尊重してくれたことへの安心感が生まれます。 こちらの懐が痛むわけでもない、誰も損をしない、最もシンプルなコミュニケーション。それなのに、大人になるほど「やらない理由」を探して省略してしまう人が多いのは、なんとも勿体ないことです。
私たち篠田石材工業は、仕事柄、大切なご家族を亡くされた直後のお客様と接する機会が多くあります。 悲しみの中にいる方に対して、ただ元気よく大声であいさつをすれば良いというものではありません。その場の空気を読み、相手の心情に配慮する繊細さが求められます。

しかし、どのような場面であっても「心のこもったあいさつ」が持つ力は変わりません。 静かな声であっても、相手の目を見て誠実にお辞儀をすることで、「私たちがしっかりとお手伝いします」という覚悟をお伝えすることはできるはずです。その一瞬の誠実さが、沈んでいるお客様のお気持ちを、ほんの少しでも前へ向けるきっかけになればと願っています。
「形」を整える研修も大切ですが、その根底にある「心」を忘れないこと。 先代が現場で見せたあの姿勢を、会社全体の文化として、これからも大切に守り続けていきたいと思います。

